人生の歩み
エクトル・ベルリオーズは医師の父のもとフランス南東部の小さな町で生まれた。多くの作曲家とは異なり、ピアノを学ぶことなくギターとフルートを通じて音楽に出会い、独自の音楽的感性を育んだ。
ベルリオーズは父の強い望みにより医学を学ぶためパリに送られた。解剖室での経験に恐怖と嫌悪を感じたが、パリ・オペラ座でグルックのオペラに魅了され、音楽への情熱が芽生えた。
医学を捨てる決意をした後、ベルリオーズは作曲を学ぶためパリ音楽院に入学した。彼の型破りで革新的な発想は保守的な教師たちとしばしば衝突し、学内で物議を醸した。
ベルリオーズはアイルランド人女優ハリエット・スミスソンのシェイクスピア公演を見て、狂おしいほどの恋に落ちた。この報われない情熱が彼の最高傑作「幻想交響曲」に霊感を与えることになった。
ベルリオーズは革命的な「幻想交響曲」を初演し、音楽を通じて執拗な恋の物語を描いた。この作品は「イデー・フィクス」(固定観念)の技法を導入し、標題音楽と管弦楽法に革命をもたらした。
ベルリオーズは4度目の挑戦でついにローマ大賞を受賞した。この賞にはイタリアのヴィラ・メディチでの滞在が必要であり、音楽的には刺激に乏しかったが、イタリアの風景と文化は彼に深い影響を与えた。
ベルリオーズは長年の追求の末ついにハリエット・スミスソンと結婚した。しかし彼女のキャリアが衰退し、彼の執着が幻滅に変わるにつれ、結婚は次第に不幸なものとなっていった。
ベルリオーズは4つのブラスバンドを含む大編成のためのレクイエム(死者のための大ミサ曲)を作曲した。この壮大な作品は管弦楽法への革命的アプローチを示し、空間的な音響効果を追求した。
ベルリオーズはゲーテの「ファウスト」に基づく劇的伝説「ファウストの劫罰」を完成させた。パリでの初演は商業的失敗に終わったが、後に彼の最も愛される作品の一つとして評価された。
ベルリオーズはウェルギリウスの叙事詩「アエネイス」に基づくオペラの傑作「トロイアの人々」を完成させた。生前に完全な上演を見ることはなかったが、現在では彼の最高傑作として認められている。
ベルリオーズの二番目の妻マリー・レシオが死去した。息子ルイの死や自身の健康の衰えと相まって、晩年は深い鬱と孤独に彩られ、創作意欲も失われていった。
ベルリオーズは長年の病気と絶望の後パリで死去した。生前フランスでは過小評価されていたが、現在ではロマン派時代の最も独創的で影響力のある作曲家の一人として、管弦楽法の革新者として高く評価されている。
