エジプトを帝国に変えた戦士王。ヌビアを征服し、大規模な行政改革を通じて王権を集中させた。
会話のきっかけ
人生の歩み
センウセレト3世は紀元前1878年頃、第12王朝のファラオ・センウセレト2世の息子として生まれた。中王国時代の最盛期に生を受け、エジプト史上最も偉大なファラオの一人となる運命を担っていた。
父センウセレト2世の死後、紀元前1858年頃にファラオとして即位した。即位後、彼は軍事改革と行政改革を推進し、中央集権化を進めて王権の強化に着手した。
南方のヌビア地域への最初の軍事遠征を実施した。センウセレト3世の治世中に少なくとも4回のヌビア遠征が行われ、エジプトの南方国境を第2急流まで拡大することに成功した。
ナイル川第2急流地域に一連の強力な要塞群を建設した。セムナ、クムマ、ウロナルティなどの要塞は、ヌビアの金や象牙の交易を管理し、南方からの脅威を防ぐ役割を果たした。
ヌビアのセムナに国境を示す碑文を建立した。この碑文には「私は自らの功績によってこの国境を築いた」と刻まれ、彼の軍事的達成と王としての威厳を永遠に記念するものとなった。
地方の州知事(ノマルク)の世襲制を廃止し、中央政府から任命される官僚制度を確立した。この改革により地方貴族の権力を削ぎ、王権の中央集権化を達成した。
ファイユーム・オアシス地域の大規模な灌漑開発事業を継続・拡大した。この事業は農地を大幅に拡大し、エジプトの食糧生産と経済的繁栄の基盤を強化することとなった。
ダハシュールに自らの埋葬のための泥レンガ製ピラミッド複合体を建設した。このピラミッドは中王国時代の王墓建築の優れた例であり、精巧な地下構造を持っている。
生前からヌビア地域で神として崇拝され始めた。彼の軍事的成功と行政能力は、後世のエジプト人に「理想の王」として記憶され、新王国時代まで崇拝が続いた。
紀元前1820年頃、約38年間の治世を経て崩御した。彼はエジプト中王国の最盛期を築き上げ、軍事的拡大と行政改革によってエジプト史上最も偉大なファラオの一人として記憶されている。
