「死後に戴冠した王妃」:ポルトガルの悲劇の女王、永遠の伝説となった愛の物語。
会話のきっかけ
人生の歩み
イネス・デ・カストロはガリシアの有力貴族カストロ家に生まれた。カストロ家はイベリア半島で大きな政治的影響力を持ち、彼女の美貌と気品は幼い頃から際立っていたと伝えられる。
イネスはコンスタンサ王女の侍女としてポルトガル宮廷に仕えることになった。王女はカスティーリャからペドロ王子との政略結婚のために来葡しており、イネスは王女に随行していた。
ペドロ王子はコンスタンサ王女との婚姻にもかかわらず、イネスに深く恋をした。二人の禁断の愛は宮廷中の噂となり、父王アフォンソ4世の激しい怒りを買うことになった。
コンスタンサ王女が出産後に死去した。これによりペドロとイネスの関係を阻む障壁がなくなり、二人は公然と愛を育むようになったが、国王アフォンソ4世の強い反対は続いた。
イネスはペドロとの間に長男アフォンソを出産した。この子供の誕生は二人の絆をより一層深めたが、同時に王位継承問題を複雑にし、宮廷の緊張を高めることとなった。
イネスは次男ジョアンを出産した。ペドロとの間に子供が増えるにつれ、カストロ家の影響力拡大を恐れる宮廷貴族たちの警戒心と敵意はますます高まっていったのである。
ペドロとイネスは秘密裏に結婚したとされる。この結婚の真偽は歴史家の間で今も議論されているが、ペドロは後に二人が正式に結婚していたと公式に主張することになる。
イネスは三男ディニスを出産した。子供たちの存在は王位継承権の問題をさらに複雑にし、アフォンソ4世とその顧問たちの懸念を深刻なものにしていったのである。
イネスは娘ベアトリスを出産した。4人の子供を持つ母となったイネスは、ペドロの深い愛と献身を一身に受けながらも、政治的な危険が確実に迫っていることを感じていた。
アフォンソ4世はイネスをポルトガルから追放し、カスティーリャへ送った。しかしペドロの愛は変わらず、二人は密かに連絡を取り続け、再会の機会を待ち続けたのである。
イネスは密かにポルトガルに戻り、コインブラ近郊でペドロと再び暮らし始めた。二人の再会は束の間の幸福をもたらしたが、悲劇の影は確実に近づいていたのである。
アフォンソ4世の命を受けた3人の貴族がイネスを暗殺した。ペドロが狩りに出かけている間に実行されたこの残虐な行為は、ポルトガル史上最も悲劇的な事件の一つとして語り継がれている。
イネスの死を知ったペドロは激怒し、父王に対して反乱を起こした。内戦は母后の仲介で終結したが、ペドロの心には復讐の炎が消えることなく燃え続けていた。
ペドロ1世として即位したペドロは、イネスとの結婚を公式に宣言し、彼女を死後にポルトガル王妃として戴冠させた。伝説によれば、廷臣たちは彼女の遺体に口づけを強いられたという話が残る。
ペドロ1世はイネスを殺害した3人の貴族のうち2人を捕らえ、公開処刑に処した。彼らの心臓は生きたまま抉り出されたと伝えられ、ペドロの復讐はついに完遂されたのである。
イネスの遺体はアルコバサ修道院の壮麗な石棺に改葬された。ペドロは自らの石棺を彼女の向かいに配置し、最後の審判の日に目覚めたとき最初に見るのが彼女であるようにした。
