マクロ経済学を発明。資本主義を自ら救った経済学者。
会話のきっかけ
人生の歩み
ジョン・メイナード・ケインズは学者の家庭に生まれた。父ジョン・ネヴィル・ケインズはケンブリッジ大学の経済学講師であり、母フローレンスは後にケンブリッジ市長となった。知的な環境で育った彼は幼少期から卓越した才能を示した。
名門イートン校の奨学生として入学し、数学において卓越した成績を収めた。同時に歴史や古典文学への深い関心も育み、幅広い教養を身につけた。この時期に生涯の友人となる多くの知識人と出会い、知的ネットワークの基礎を築いた。
キングス・カレッジに入学し、当初は数学を専攻したが、アルフレッド・マーシャルの影響を受けて次第に経済学へと関心を移した。ケンブリッジの活発な知的環境が彼の革新的な思想形成に決定的な影響を与えることになった。
秘密の知的サークル「ケンブリッジ使徒会」に選出され、後にブルームズベリー・グループの中核となる芸術家や作家たちと生涯にわたる深い友情を築いた。この交流が彼の文化的視野を大きく広げた。
官僚試験で2位という優秀な成績を収め、インド省に入省して政府でのキャリアを開始した。インドの通貨制度に関する実務経験が、後の国際金融への深い理解と政策立案能力の基礎となった。
師アルフレッド・マーシャルの強い推薦を受けてケンブリッジ大学の経済学講師に就任した。教育者としてのキャリアを本格的に開始し、後に世界的な経済学者となる多くの優秀な学生を育成した。
権威ある学術誌『エコノミック・ジャーナル』の編集長に就任し、以後30年以上にわたってこの重要な地位を務めた。経済学の学術的議論を形成し、新しい理論の発展を促進する中心的役割を果たした。
大蔵省の主席代表としてヴェルサイユ講和会議に出席したが、ドイツに対する過酷で非現実的な賠償要求に強く抗議して辞任した。この経験が彼の国際経済秩序に対する見解を根本的に形成することになった。
ヴェルサイユ条約を痛烈に批判する著作を出版し、懲罰的な賠償がヨーロッパ経済にもたらす破局的な結果を予言した。この本は国際的なベストセラーとなり、彼の名声を一躍世界的なものとした。
ロシア出身の著名なバレリーナ、リディア・ロポコワと結婚した。ブルームズベリーの友人たちの当初の懐疑的な反応にもかかわらず、二人は深い愛情で結ばれた幸福な結婚生活を送った。
『雇用・利子および貨幣の一般理論』を出版し、マクロ経済学という新しい分野を事実上創設した。この革命的な著作は経済学の歴史を根本から変え、世界中の政府の経済政策に計り知れない影響を与えた。
イギリス代表団を率いてブレトンウッズ会議に参加し、戦後の国際通貨制度の設計において中心的な役割を果たした。国際通貨基金と世界銀行の創設に貢献し、戦後の国際経済秩序の基盤を築いた。
心不全により田舎の自宅ティルトンで62歳の生涯を閉じた。戦時中の激務と戦後借款交渉の疲労が健康を蝕んでいた。マクロ経済学の父として、彼の思想は今日も世界中の経済政策に影響を与え続けている。
