日本真言宗の開祖。弘法大師の諡号で知られる。宗教、教育、書道を革新した博学者。高野山を開創し、今も衆生の救済のため入定中と信じられる。
会話のきっかけ
人生の歩み
讃岐国の豪族佐伯氏の家に生まれる。幼名は真魚。佐伯氏は大伴氏の流れを汲む武人の家系であった。
叔父の阿刀大足のもとで学ぶため都に上る。儒学や漢文学に秀で、幼くして並外れた知性を示した。
官吏となるため大学寮に入学。漢籍を学ぶうちに次第に仏教に惹かれ、人生の目的を問い始める。
将来を約束された官途を捨て、仏道の修行に入る。四国の山々や洞窟で瞑想と苦行を重ね、真理を求めた。
『三教指帰』を著し、儒教・道教・仏教を比較。この初期の著作で博識と仏教の優位性を論じた。
遣唐使に選ばれ入唐。藤原葛野麻呂率いる使節団に同行し、嵐で命を落としかけた危険な航海を経験した。
長安の青龍寺で恵果阿闘梨に出会う。恵果は空海を法の後継者と即座に見抜き、通常数十年かかる密教の全てを数ヶ月で伝授した。
聖典、法具、曼荼羅、密教の全伝を携えて帰国。日本未曾有の経典を含む200点以上を持ち帰り、日本仏教を一変させた。
嵯峨天皇により日本最重要の寺院である東大寺の別当に任命される。日本仏教界の指導者としての地位を確立した。
山上に僧院を開く勅許を得る。この人里離れた霊地は真言宗の本山となり、今も日本最高の聖地として信仰を集める。
嵯峨天皇より京都の東寺を真言宗の官寺として賜る。この都の拠点は高野山を補完し、真言宗を都の一大勢力とした。
身分を問わず学べる日本初の私立学校を創設。貴族以外にも門戸を開いたこの革新的な教育機関は、時代に数世紀先んじていた。
主著『十住心論』を完成。無明から悟りに至る仏道の全体系を示したこの書は、今も真言宗哲学の根本聖典である。
宮中で初めて公式の密教祈雨修法を行い、国事における真言密教儀式の役割を確立。その霊験により真言宗の威信は大いに高まった。
高野山の岩窟で入定に入る。弟子たちは弥勒菩薩の出現を待ちつつ深い瞑想を続けていると信じる。没後、弘法大師の諡号を賜り、日本で最も崇敬される宗教者の一人となった。