日本真言宗の開祖。弘法大師の諡号で知られる。宗教、教育、書道を革新した博学者。高野山を開創し、今も衆生の救済のため入定中と信じられる。
会話のきっかけ
人生の歩み
讃岐国(現在の香川県)の豪族佐伯氏の家に生まれる。幼名は真魚(まお)。幼少期より並外れた知性と記憶力を示し、地元では神童として知られた。後の日本仏教史を変える偉大な僧侶の誕生である。
三十一歳で遣唐使の一員として唐に渡る。長安で密教の正統な継承者である恵果阿闍梨に師事し、わずか半年で密教の奥義を伝授される。恵果から「遍照金剛」の灌頂名を授かり、正式な後継者と認められた。
嵯峨天皇から高野山の地を下賜され、真言密教の根本道場として金剛峯寺を開創。俗世から離れた山上に理想の修行の場を建設し、密教の実践と教学研究の中心地として整備を進めた。
嵯峨天皇から京都の東寺を下賜され、真言宗の拠点とする。都における密教布教の中心として機能させ、国家鎮護の祈祷を行った。この時期に日本における真言密教の教学体系を完成させた。
六十二歳で高野山において入定(瞑想のまま肉体を離れること)。弟子たちには永遠に衆生を救済し続けると伝え、現在も奥之院で生きているとされる。死後「弘法大師」の諡号を贈られ、日本仏教史上最も崇敬される僧侶となった。
