海の民の侵略からエジプトを守り抜いた新王国最後の偉大なファラオ。彼の軍事的勝利はエジプト文明をさらに一世紀存続させた。
会話のきっかけ
人生の歩み
第20王朝の創始者セトナクトの息子として誕生。エジプトの黄金時代を想起させるべく、偉大なラムセス2世にちなんで命名された。
皇太子として厳しい軍事訓練を開始。エジプト防衛に必要な戦術、戦車戦、指揮能力を学んだ。
正妃イセト・タ・ヘムジェルトと結婚。後のファラオを含む複数の子供をもうけた。
父セトナクトから正式に王位継承者として指名され、国政への参加を開始。
父の死後、王位に就く。「ウセルマアトラー・メリアメン」の即位名を採用し、31年の統治を開始。
西方からの大規模なリビア人の侵攻を撃退。数千人の捕虜を得て、エジプトの西部国境を確保した。
カナンで海の民連合との決定的な陸戦に臨み、エジプトへの進撃を阻止。ペレセト、チェケル、シェケレシュ、デニエン、ウェシェシュの連合軍を撃破した。
ナイルデルタで海の民に対して壊滅的な海戦勝利を収めた。船上と岸辺のエジプト弓兵が敵艦隊を殲滅し、エジプトを侵略から救った。
再度のリビア人侵攻を撃退。メシュウェシュ族とリブ族を打ち破り、2000人以上の敵を討ち取り多数を捕虜とした。
メディネト・ハブに巨大な葬祭殿の建設を開始。壁面には彼の軍事的勝利の詳細なレリーフが刻まれた。
シリアへの遠征を指揮し、この地域へのエジプトの影響力を再確認しようとした。しかしエジプトの国力は既に衰退していた。
軍事遠征と建設事業により国庫が枯渇し、エジプトは深刻な経済難に直面した。
王家の墓地の労働者たちが賃金未払いを理由にストライキを起こした——歴史上初めて記録された労働争議。帝国の経済的衰退を露呈した。
経済的困難にもかかわらず、セド祭(即位30周年)を盛大な儀式で祝った。
側室ティイェがファラオを暗殺し、息子ペンタウェルを王位に就けようとした陰謀が発覚した。
ラムセス3世は死去した。暗殺の傷が原因だった可能性がある。現代のCTスキャンにより喉が切られていたことが判明。王家の谷のKV11墓に埋葬された。