リビア出身でエジプト第22王朝を創始した法老。聖書の「シシャク」として知られ、エルサレムを略奪し、衰退期のエジプトに新たな活力をもたらした。
会話のきっかけ
人生の歩み
メシュウェシュ族のリビア軍司令官の家に生まれた。エジプトに何世代も仕えた一族で、すでに王室と密接な関係を築いていた。
エジプト軍で軍事訓練を開始。父の地位のおかげで若くして軍の指揮を任された。
リビア人傭兵軍団の司令官に任命され、上エジプトで重要な軍事力を掌握した。
プスセンネス2世の娘カロマ王女と結婚し、王室との血縁関係を確立。これが後の王位継承の正統性を高めた。
エジプト軍の最高指揮官となり、「大軍司令官」の称号を得た。実質的にエジプトの軍事力を掌握した。
息子イウプットをアメン大神官に任命し、テーベの宗教的・政治的支配を確立した。
プスセンネス2世の死後、エジプト法老として即位。第22王朝を創始し、リビア人王朝時代を開いた。
分裂していた上下エジプトを再統一。息子たちを要職に配置し、中央集権的な支配体制を確立した。
カルナック神殿の大規模な拡張工事を開始。ブバスティス門と壮大な浮彫りの建設に着手した。
分裂したイスラエルとユダ王国への軍事遠征を計画。ソロモン王の死後の混乱に乗じる戦略を立てた。
大軍を率いてパレスチナへの軍事遠征を開始。イスラエルとユダ両王国に対する作戦を展開した。
エルサレムを攻略し、ソロモン神殿と王宮の財宝を略奪。聖書に「シシャク」として記録されたこの遠征は、エジプトに莫大な富をもたらした。
メギドを含む北イスラエルの主要都市を征服。カルナック神殿の浮彫りには150以上の征服した都市名が刻まれている。
カルナック神殿南壁に、パレスチナ遠征を記録した壮大な浮彫りを完成させた。エジプト軍事芸術の傑作となった。
息子オソルコン1世を共同統治者として、王位継承の準備を整えた。王朝の安定的な継続を確保した。
約23年の治世の後に崩御。タニスの王家墓地に埋葬された。彼が創始した第22王朝はその後約200年間エジプトを統治した。