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アビラのテレサ

アビラのテレサ

カルメル会修道女

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AI パーソナリティ

概要

カルメル会を改革
跣足カルメル会を創設
「霊魂の城」を執筆

「霊魂の城」。スペインの神秘家、カルメル会を改革し、恍惚の中で昇天した。

会話のきっかけ

人生の歩み

1515アビラの貴族の家に生まれる

テレサ・デ・セペダ・イ・アウマダは裕福な改宗者の家庭に生まれた。祖父は異端審問で公に辱められたユダヤ人改宗者であり、この秘密が一家の強い信心を形作った。

1522ムーア人の地で殉教を求めて家出

聖人や殉教者の物語に感化され、幼いテレサと兄ロドリゴは家を出てムーア人に殺されて殉教者になることを望んだ。叔父が二人を見つけて連れ戻した。

1528母ベアトリスの死

テレサの母は彼女がわずか13歳の時に亡くなった。悲嘆に暮れたテレサは後に、聖母マリアに自分の母になってほしいと願ったと書き、この瞬間が永遠に霊的献身を深めた。

1531アウグスティノ会修道院に教育のため送られる

若い男性に恋愛感情を抱いた後、父はテレサをサンタ・マリア・デ・グラシア修道院に教育のため送った。これが彼女の宗教生活への正式な入門の始まりとなった。

1535カルメル会托身修道院に入会

父の意向に反して、テレサは密かに家を出てカルメル会修道院に入った。翌年修道服を受け、祈りに苦闘しながらも修道女としての生活を始めた。

1538重病で麻痺に陥る

テレサはマラリアに罹り重体となり、発作が激しく死んだと思われた。3年間部分的に麻痺し、この経験が彼女の内面的霊的生活を深めた。

1554傷ついたキリスト像の前で第二の回心

テレサは傷ついたキリストの像を見て深い霊的回心を経験した。後に彼女はこれを魂が完全に神の意志に明け渡した瞬間と述べた。

1559神秘的幻視と恍惚を経験し始める

テレサは幻視、声、霊的恍惚など激しい神秘現象を経験し始めた。当初は悪魔の欺きを恐れたが、やがて神的起源を確認する霊的指導者を見出した。

1560心臓を貫かれる幻視

テレサは天使が火の先端を持つ金の槍で心臓を貫く有名な幻視を経験した。この心臓の貫通はキリスト教史上最も有名な神秘体験の一つとなった。

1562最初の改革修道院サン・ホセを創設

市当局と宗教当局からの激しい反対にもかかわらず、テレサは跣足カルメル会の最初の修道院として聖ヨセフ修道院を設立し、原始会則の厳格な遵守に戻った。

1567十字架のヨハネと出会い男子修道会の改革を開始

テレサは若いカルメル会修道士十字架のヨハネと出会い、改革運動への参加を説得した。二人はカルメル会全体を変革し、スペイン各地に修道院を創設した。

1568修道女のために『完徳の道』を執筆

テレサは修道女たちに心の祈りの実践方法を教える霊的論考を完成させた。この著作はキリスト教霊性の古典となり、何世紀にもわたって観想者を導いた。

1570魂の旅を描いた『霊魂の城』を著す

テレサは傑作を執筆し、魂を七つの住処を持つ水晶の城に例え、各住処が霊的発展の段階を表すとした。この著作はキリスト教神秘神学の決定的な指針となった。

1575新しい修道院創設の停止を命じられる

カルメル会管区長はテレサに改革活動を停止し、一つの修道院に永住するよう命じた。この挫折にもかかわらず、彼女はこの時間を執筆と祈りの深化に使った。

1577霊的経験の自叙伝を執筆

テレサは『自叙伝』を完成させ、回心、神秘体験、改革カルメル会創設を詳述した。告解師の命令で書かれたこの作品は霊的自叙伝の模範となった。

1580跣足カルメル会が独立管区として認められる

教皇グレゴリウス13世は跣足カルメル会を修道会の独立管区として正式に認めた。これは数十年の闘争と反対の後のテレサの改革の勝利を意味した。

1582健康が衰える中でも最後の創設の旅

様々な病気に苦しみながらも、テレサは修道院を監督するための最後の旅に出た。体が弱っても修道女たちへの献身は変わらなかった。

1582神の慈悲を語りながら死去

テレサは修道女たちに囲まれて死去し、最後の言葉は神の慈悲を讃えるものだった。17の修道院を創設しカトリック霊性を変革した。1614年に列聖され、1970年に教会博士に宣言された。