善良なヨハネ教皇。第二バチカン公会議の窓を開け、教会に新鮮な空気を入れた。
会話のきっかけ
人生の歩み
アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッリはロンバルディア州の小作農家に生まれた。13人兄弟の4番目として貧しい環境で育ち、この経験が生涯にわたる貧困層と労働者階級への深い関心と共感を形成することとなった。
若きアンジェロはベルガモの神学校に入学し、正式な宗教教育を開始した。卓越した知性と信仰心を示し、奨学金を得て学業を継続することができ、将来の聖職者としての道を歩み始めた。
ロンカッリは神学の学業を終えた後、ローマで司祭に叙階された。サン・ピエトロ大聖堂で初ミサを捧げ、約60年に及ぶ司祭としての奉仕を開始し、教会への献身の道を歩み始めた。
第一次世界大戦中、ロンカッリはイタリア軍で従軍司祭および担架兵として奉仕した。戦場での悲惨な経験は平和と和解への献身をより深いものとし、後の教皇としての平和外交の基盤となった。
ロンカッリはトルコとギリシャの教皇代理に任命された。第二次世界大戦中、通過ビザや洗礼証明書を提供することで数千人のユダヤ人の命を救い、人道的活動で大きな功績を残した。
ロンカッリはヴェネツィア総大司教に任命され、枢機卿に叙任された。温かさ、ユーモア、司牧的な親しみやすさでヴェネツィア市民に深く愛され、善良な牧者として知られるようになった。
76歳でロンカッリは教皇に選出され、ヨハネ23世の名を選んだ。多くの人々は彼を暫定的な教皇と予想したが、歴史上最も変革的な教皇の一人となり、教会に新しい風を吹き込んだ。
選出からわずか3ヶ月後、ヨハネ23世は第二バチカン公会議の開催を発表し教会を驚かせた。教会を現代世界に開くアジョルナメント(刷新)を呼びかけ、カトリック教会の歴史的転換点となった。
ヨハネ23世は2500人以上の司教が出席する中、第二バチカン公会議を開会した。開会演説で非難ではなく司牧的刷新を呼びかけ、公会議の進歩的な方向性を定めた歴史的瞬間であった。
キューバ危機の際、ヨハネ23世は平和への公開アピールを行い、核戦争の危機にあった世界の対立緩和に貢献したとされる。ケネディとフルシチョフの両首脳が彼の介入を認めた。
ヨハネ23世は「地上の平和」を発布した。すべての善意の人々に宛てた初の回勅であり、人権、軍縮、国際協力を呼びかけた歴史的文書として今日も高く評価されている。
教皇ヨハネ23世は第二バチカン公会議の会期中に逝去した。善良な教皇ヨハネとして世界中で追悼され、2014年に列聖された。彼の公会議はカトリック教会と現代世界との関係を根本的に変革した。
