Chumi
おぎゅうそらい

おぎゅうそらい

Confucian philosopher

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AI パーソナリティ

概要

こぶんじがくのきそをきずき、こてんのげんごとれきしにもとづくほうほうをていしょうした
しゅしがくのけいじじょうがくてきなどうとくろんをひはんし、こだいのれい・おんがく・せいどをちゅうしんにすえた
ばくふのせいじとかいざいのかだいを、どうとくではなくせいどのもんだいとしてろんじるしこうをひろめた

人生の歩み

1666えどのしざむらいのいえにうまれる

とくがわのたいへいのさなか、えどでうまれた。ぶしのかんりょうせいとじゅきょうきょういくがつくるせかいのなかでそだち、いえがらによりほんやししょ、せいじのことばにわかいころからふれるきかいをえた。

1676じゅきょうがくしゅうとぶんげんへのはやいしんとう

しょうねんきからじゅきょうのてんせきとぶんげんをまなび、とくがわのこうしきぶんかでこういをもつことばのつかいかたをみにつけた。このころのくんれんにより、こてんをせいみつによみ、やくやちゅうしゃくがいみをゆがめうることにもきづくようになった。

1682しゅしがくのせいとうはへのほんかくてきなたずさわり

えどのがくこうやこうしきりんりをしはいしていた、しゅしをちゅうしんとするきょうがくをしゅうとくした。けいじじょうがくてきなようごをまなべばまなぶほど、それらがのちのじだいのつくりごとで、よりこだいのせかいをかくしているのではないかとぎもんをふかめた。

1686くんこがくとせんしんじだいのこてんへのてんかん

ことばやれい、せいどをふへんのどうとくほうそくではなく、れきしのなかでつくられたしりょうとしてあつかうくんこがくをつよめた。せんしんじだいのぶんけんやこだいのちこくもでるをよりどころにして、とくがわのとうちをひょうかしようとするしこうがいっそうつよまった。

1690こぶんじがくのどだいをこうちくする

のちにこぶんじがくとよばれるほうほうをかたちづくり、せいじんのみにちはぐたいのれい・おんがく・せいじせいどにうめこまれているとろんじた。このほうほうは、くうろんてきなどうとくしゅぎにたいし、こてんのげんごとれきしからのしょうこをもとめるものだった。

1693きょういくをはじめ、でしのわをひろげる

せいさくぎろんにたえる、きびしくぶんけんちゅうしんのじゅきょうをもとめるぶしやぶんじんがこうぎにあつまりはじめた。きょうしつではろんごなどのこてんをせいみつによむことをじゅうしし、しゅしのちゅうしゃくをただくりかえすだけのがくしゅうをしりぞけた。

1698どうとくせつきょうがたとうちへのひはんしゃとしてめいせいをえる

こじんのとくをとくことだけでは、はたらくせいどやほう、けいざいせいさくはつくれないとろんじた。えどのせいじくうきのなかで、りんりをたてにぎょうせいのたいせいをかえないかんりょうへのするどいひはんとしてうけとめられた。

1702こっかうんえい・ざいせい・しゃかいちつじょをめぐるろんそうにさんかする

ぶしのろくやしょうぎょう、ゆうせいのはってんにあたまをなやますぎょうせいのなかで、もんだいをどうとくではなくせいどとしてとらえるわくぐみをしめした。ちゅうごくおうちょうのれきしじれいをもちい、とくがわとうちにひつようなしようてきかいかくをうったえた。

1706みにちととうちをめぐるゆうりょくなろんこうをこうひょうする

せいじんのこうてきなみちを、のちのけいじじょうがくてきしこうからくべつするしさくをひろめた。けんいのこんきょをこだいのれいとげんごにおくことで、せいさくのせいとうせいをさがすぶしにあたらしいしこうのどうぐをあたえた。

1711ばくふしゅうへんでじょげんしゃとなる

かれのしそうがこういのやくにんにとどき、ぎょうせいとがくもんにかんするそうだんやくとしてちょうほうされた。いでおろぎーとざいせいのげんじつがしょうとつする、とうちのちゅうしんにちかいばしょでやくわりをはたした。

1712とくがわよしむねのかいかくきふんとのつながりをつよめる

かいかくしこうをつよめるりーだーがあらわれるなかで、そらいのせいどちゅうしんのはっそうは、じっさいてきなとうちをもとめるじだいのきぶんにかなっていた。あんていしたしはいには、こじんのしゅうようのことばだけでなく、あきらかなほうとれいのちつじょがひつようだとじょげんした。

1714こぶんじがくのせんげんとして「べんどう」をしるす

「べんどう」で、ただしいみちはこだいのせいじんがれい・おんがく・せいじによってこうちくしたにんげんのちつじょであるとろんじた。このしょはしゅしがくのどうとくけいじじょうがくをこうげきし、とくがわのしそうかにぶんけんにもとづくけんしょうをうながした。

1715「べんめい」をさくし、せいじとりんりのようごをめいかくにする

「べんめい」でちゅうようなことばをこまかくぶんせきし、のちのちゅうしゃくしゃがこてんのいみをどのようにゆがめたかをしめした。げんごをせいじのぎじゅつとしてとらえ、ほうやかいきゅう、ぎょうせいのゆうこうせいにはていぎのめいかくさがふかけつだとしゅちょうした。

1717がくじゅくをかくだいし、つぎのじだいのしそうをになうひとびとをそだてる

かれのがくしゃには、れきし・ぶんがく・とうちをめぐるえどのぎろんをうごかすでしがあつまった。くんこがくとせいどろんをちゅうしんとするきょういくは、ばくふのこうしききょうがくにたいこうするべつのけいふをうみだした。

1720こうきのしょさくと、せいさく・がくもんへのはんせいをふかめる

かいかくとそのはんどうがうごくなか、こっかうんえい、こてんけんきゅう、どうとくせつきょうのげんかいについてかきつづけた。よいせいじはかけごえではなく、せっけいされたしくみによってささえられるというしゅちょうをさらにせいみつにした。

1722えどのそとへもがくもんのわをとおしてえいきょうがひろがる

しょこうとでしがしりょうやほうほうをもちこみ、ぜんこくのはんこうでぎょうせいのちしきをもとめるぶしにうけいれられた。しゅしがくへのひはんははんろんもよび、かれのしそうはぎろんのちゅうしんでありつづけた。

1725ろんそうをともないながらも、とくがわじだいをだいひょうするしそうかとしてみとめられる

せんはっぴゃくにじゅうねんだいなかばには、えどのちしきしゃかいで、てごわくときにふあんをあおるこえとしてひろくしられるようになった。しえんしゃはげんみつさとせいさくへのゆうようせいをたたえ、はんたいしゃはどうとくちゅうしんのけんいをくずすとしてひなんした。

1728しょうがいをとおしたがくもんとじょげんののち、しきょする

えどでしに、れきしとげんごのせいみつさによってにほんのじゅきょうしそうをぬりかえるしょさくをのこした。でしとひはんしゃのりょうほうがそのろんてんをうけつぎ、のちのかいかくとこてんかいしゃくをめぐるぎろんにえいきょうをあたえつづけた。

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